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武藤友木子さんをUber Eatsの日本代表に押し上げた校訓とは?

武藤友木子さんは、フードデリバリーの Uber Japan 執行役員であり、Uber Eats の日本代表です。

25歳の時に起業した会社を楽天に売却した後、トラベルズー・ジャパンやOpenTableの代表取締役を歴任し、グーグルの新規顧客開発日本代表にも就任しましたが、2018年6月にUber Eatsに招かれてからは、4歳の娘さんを育てながら、日本のUber Eatsのビジネスを統括し、その手腕を奮っています。

 

いったいどのような道のりを辿れば、ここまでのスーパーキャリアウーマンになれるのでしょうか。

今回は武藤さんの生い立ちに注目してみます。

武藤友木子のプロフィール

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Uber Eats 日本代表 武藤友木子
名前

 武藤 友木子

読み方  むとう ゆきこ
生年月日  ー
出身地  東京都国立市
居住地  ー
身長・体重  ー
血液型  ー
最終学歴

国際基督教大学(ICU) 教養学部 社会科学科

所属

Uber Japan 執行役員

Uber Eats の日本代表

武藤友木子の生い立ち

「将来は社長になりたい」

子供の頃から、いつも周囲にそう言っていたという武藤さん。
父親が実業家だったこともあり、早いうちから会社経営に関心があったそうですが、当時通っていたのは、東京都国立市の、私立の小学校。
中学受験をしてトップクラスの進学校に行って、勉強をして社長になって…と、将来を思い描いていたそうです。

ですがご両親の希望は、お嬢様学校への進学。

双方の希望を叶えられるのは「偏差値の高いお嬢様学校」ということで、志望校は高一貫のミッション系の有名私立校・雙葉中学になったそうです。

桜蔭中高、女子学院中高と並ぶ「女子御三家」の進学校。その、最難関のお嬢様学校が、武藤さんのスタート地点になりました。

武藤友木子の中高時代

最難関のお嬢様学校に合格した武藤さんですが、入学した先である雙葉中学は、思い描いていたお堅いお嬢様学校という印象とは異なり、比較的自由な校風だったといいます。
ですがそこは、高偏差値のお嬢様。自分たちで範囲を決めて、上手にオシャレを楽しんでいたので、髪を染めても金髪までにはしない、服も奇抜な格好はしない、自律的な生徒が多かったそうです。
自分で考えて行動はしても、ある一定のルールからはみ出さない。パワーに頼れる男子がいない女子高では、何でも自分でやらなくてはいけない。故に明るく活発で、芯が強い女性が多く育っていったといいます。
ただ、やはり資産家の家庭が多かったため、30人超のクラスのうち、1人を除いて全員がピアノを習っていたとのことです。
女子御三家に数えられる雙葉ですが、成績上位者を公表したり、「勉強をしなさい」とお尻を叩くということはなく、あくまでも本人の自主性を重んじる校風だった為、武藤さんは高3の選択科目でも、微分積分ではなく自由研究を選択したとのこと。
受験期でも構わず、四谷の近くの迎賓館などを写真撮影し、撮影に関連した現像のメカニズムなどを研究していたということです。その自由さも、今の仕事に生きているのでしょうね。

武藤友木子の「心に残る言葉」

そんな雙葉の校訓で、今も武藤さんの心に響いているのが、「徳においては純真に 義務においては堅実に」という言葉です。

カトリック系の学校だった為、神様と人の前に素直で、裏表のない爽やかな品性を備え、やるべきことを誠実にやり抜く強さを持つようにという意味で、武藤さんはこれを、「ウソをつかずに、何事も裏表なくオープンにしてやるべきことをちゃんとやろう」と解釈していました。
小さなウソでも一度つくと、どんどん大きくなり、取り返しがつかなくなる。

この言葉の意味を社会人になってから痛感し、外国人など多様な人材が集まっているダイバーシティーな会社であるUber Eatsに招かれてからは、オープンな環境で相手方にきちんと説明し、自分のミッションを果たしていく上で、欠かすことのできない教訓になっているといいます。

武藤友木子がICUを選んだ理由

雙葉高校の2020年の雙葉高校の進学実績(卒業生169人)は、東京大学の合格者10人など国公立大学は計39人。早稲田大学77人、慶応義塾大学47人、上智大学28人、国際基督教大学ICU)3人など、難関私立大学の合格者も多い結果になっています。
武藤さんご自身は、第1志望の理系の大学の入試には失敗したものの、経営者になるために必要な英語力が欲しくて第二希望にしていたICUには合格し、無事に進学。
そしてそこで、幅広く教養を学べるリベラルアーツの大学の恩恵を知り、その後のキャリアが大きく開けたということです。
英語の授業で中級クラスに入り、帰国子女と机を並べながら、授業料が高額ならば、多くの講義を受ける方が投資対効果は大きいと考え、貪欲に講義を受けて単位を取っていったそうです。
ICUは学ぶ機会を多く提供してくれる大学だった為、留学の説明があると聞きつければ説明会に出席し、米国留学まで決めてしまったとのこと。
大学2年時にカリフォルニア大学デービス校に留学し、英語の授業を理解するために図書館に缶詰めになって大学と往復するうちに、相当な読解力を身に着けることができたとのこと。
ICUを卒業後、1998年にアンダーセン・コンサルティング(現在のアクセンチュア)に入社し、そこからキャリアウーマンとしてのスタートを切りました。

武藤友木子を変えた、楽天・三木谷氏の出会い

「私の人生の目標は『世の中のハッピーサイクルを最大化すること』」
大企業の経営者にアドバイスをする戦略コンサル部門に女性の身で配属され、激務な中でも「これは天職か」と思いながら、仕事に邁進していた時、日本にもインターネットバブルが到来しました。
同僚から誘われ、25歳でインターネット関連の会社を立ち上げましたが、9カ月後に事業を楽天に売却し、そのまま同社に入社。これが、運命の出会いでした。
この時に武藤さんの上にいたリーダーが、現在楽天会長兼社長である三木谷浩史氏。
会議の場で自身の発言を堂々と覆し、
「違う、違う。俺はね、日々進化しているのだよ」
う怒鳴って言い切る三木谷さんにドン引きする社員もいる中、素直に「すごい人だ」と感心した武藤さんは、稀有な存在であったかもしれません。

トップが前言を翻すのはためらわれる行為ですが、三木谷さんは違う。インターネットの世界はまさに日々変化している。リーダーの意思決定が状況に応じて変わるのも不思議ではありません。

出世ナビ「リーダーの母校」2020/11/16版より

この柔軟性や寛容さで、その後、旅行情報サービスのトラベルズー・ジャパンや飲食店のオンライン予約などを担うオープンテーブルという2つの外資系企業で社長を経験し、グーグルの新規顧客開発の日本代表などを務めた武藤さん。

2018年にウーバーイーツの日本代表になってからは、国内で料理宅配サービスの拡大に努め、新型コロナウィルスによる外出自粛が始まってからは、家庭の食卓の生命線として、今も進化を続けています。

 

時代の先端をひた走るスーパーキャリアウーマンが、次になにをするのか、目が離せませんね。