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石垣幸二の年収は?深海ブームの火付け役の経歴とプロフィール

石垣幸二(いしがき こうじ)さんは、有限会社ブルーコーナーの代表取締役です。

ブルーコーナーは海水魚の生体の小売販売・卸・水槽メンテナンス・水槽設置設計などを専門として、多くのショップや水族館と契約しており、また、水槽内外の空間演出や、魚に関連するイベント企画など、「海」をテーマに幅広く活動しています。

その社長である石垣幸二さんも、単身で講演会や書籍の監修など、様々な活動をする姿を「クレイジージャーニー」などで取り上げられていますが、過去には脱サラや水族館館長解任など、紆余曲折もありました。

今回は、そんな石垣幸二さんの経歴に迫ってみたいと思います。

石垣幸二のプロフィール

石垣幸二(PR TIMESより)

石垣幸二(PR TIMESより)
名前

石垣 幸二

読み方 いしがきこうじ
生年月日 1967年5月14日
出身地 静岡県下田市
居住地  ー
身長・体重  ー
血液型  ー
最終学歴 日本大学国際関係学部卒業
所属

有限会社ブルーコーナージャパン代表取締役

石垣幸二の経歴

石垣幸二さんは、海が間近の伊豆半島下田市に生まれました。
子供の頃が海が大好きで、家が貧しかったこともあり、自分で釣ったタコを小料理屋に売ってお小遣いにしていたそうです。
売れない魚は潮だまりに集めて水族館を作ったり、海に潜って海中を探索したり。その体験のどれもが、現在の仕事の原点になりました。
地元の下田北高校を卒業後、日本大学国際関係学部へと進学。
海外で働くことに憧れ、大学で英語を学んだりニュージーランドに行ったりもしており、この頃、オーストラリアで潜水士の資格を取っています。
大学卒業後には海外永住を目指し、海外に多くの支社を持つヤオハングループに就職もしましたが、営業で外回りをする中、

「一生をかけてずっと追いかけられる仕事をしたい」
「死ぬまで飽きずに追いかけられる、何かのスペシャリストになりたい」
と思うようになり、大好きな海のスペシャリストを志すようになりました。

石垣幸二のブルーコーナー起業

「海のスペシャリスト」と目標を設定し、ヤオハンを退職した石垣幸二さんは、水槽を掃除していた小さな会社に就職。大学生の頃に身に着けた語学力と、持ち前の営業力を生かして魚の注文を取り付けましたが、仕入れてくる魚がマニアックすぎて、社内から批判が続出。
理解者を得られず居場所をなくし、そこは退職してしまったそうです。
その経験からサラリーマン生活に終止符を打って立ち上げたのが「ブルーコーナー」。
希少な海洋生物を水族館に納入するという、需要が特殊すぎる事業であった為に、当初は軌道に乗りませんでした。
アメリカの動物園に納入した、1匹40万円の「リーフィーシードラゴン」が1週間で全滅した際、悩んだ末に全額補償するなど、お金よりも信頼を優先した結果、会社の経営は更に厳しいことに。
ですが、この時の対応が、
「日本にはこんなにも高額な魚を補償してくれる、優良な企業がある」
として、アメリカの水族館協会の冊子で紹介されたことをきっかけに、注文が殺到。
アメリカ中の水族館業界にその名を轟かせ、起業4年目には燃焼1億円を稼ぎ出すまでに成長していました。

石垣幸二が「海の手配師」と呼ばれる理由

その後ブルーコーナーは、世界28ケ国、200の水族館に希少な海洋生物を納入する企業に成長しました。

クライアントが希望する魚を手に入れてくる仕事ぶりから、石垣幸二さんは「海の手配師」と呼ばれ、「釣りバカ日誌」に登場する倉田天兵のモデルにもなったそうです。

情熱大陸」や「ガイアの夜明け」など多くのドキュメンタリー番組に取り上げられ、海洋生物を取り扱うテレビ番組の監修や海外ロケのコーディネートも行い、出演や解説を務める機会も増え、深海ブームの火付け役として、舞台裏を支えました。

2011年には、沼津港深海水族館の館長に就任。世界初となる深海生物の捕獲や展示に至るまでの様子が、年間200本を超えるマスメディアで報道され、大ブームを起こします。

その後、シーラカンス標本の売買取引の価格や、テレビ局の取材などに報酬を請求したなどをコンプライアンス違反とされ、沼津港深海水族館の館長職は解任されてしまいますが、元のブルーコーナーの社長としての忙しさは変わらないようでした。

石垣幸二とさかなクンの関係は?

海を愛しながら、一企業の社長として、利益も追及しなければならない石垣幸二さん。そんな石垣幸二さんを支えていた友人は、あの、さかなクンだといいます。

石垣幸二さんが水族館に魚を売り込みに行った時、当時まだ学生だったさかなクンが研修に来ていて話しかけてきて意気投合したということで、さかなクンがブルーコーナーのショップに通い出してからは、一緒に船に乗ったり、海に潜ったり、家に泊まったりと、もう20年以上の付き合いとのこと。

純粋に魚が好きで、派手さがない魚でも、その良いところを目を輝かせて語る姿は20年前から変わらないようで、そんなさかなクンを見て、ただ魚を流して売っていただけの自分に気づかされたそうです。

さかなクンの手法に倣って勉強し直し、水族館や博物館の先生に魚について教えてもらうために、魚を納入しながら仲良くなり、学ばせてもらう。そういったことを、仕事の糧にいていったようですね。

石垣幸二のプライベートは?

世界を股にかけ、しかも陸の上にいない石垣幸二さんなので、奥さんもまた着物座った方のようです。

ヤオハンに勤めていた頃の同僚と、在職中に結婚されたということですが、退職後にオーストラリアに留学を決めた際、

「2年後にどこかの国にいるから、そこから電話を入れるまで、実家に帰っていてほしい」

と伝えたところ、

「わかりました、行ってきなさい」

と、答えてくれたとのこと。

周囲の反対により、結局留学は諦めざるをえなかったようですが、石垣幸二さんのような破天荒な男性の妻を勤めるには、そのくらいの豪胆さが必要なのでしょうね。素敵なパートナーだと思えるエピソードでした。

公式SNSアカウント

ブルーコーナージャパン

まとめ

現在は、深海に建造された水族館をモチーフに連載中の漫画「マグメルの水族館」の監修を行っている石垣幸二さん。この作品と横浜八景島シーパラダイスのコラボレーションも実現させ、新たな可能性も見せてくれました。

これからの活躍にも期待です!